危うい髪

今日は涼しかった。

また風もなく、とても過ごしやすかった。

 

そんな穏やかな時間に、水を差す出来事が起きた。

 

浮いている感覚がした。

周囲に馴染めていないという意味ではない。

 

頭が…いや正確には頭皮が危うい気がしたのだ。

歩くたびに、フワフワするのだ。

だからフワつかないように、なるべく頭皮を揺らさないように競歩を試した。

 

だが、だめだった。

荷物が邪魔をするのだ。それが振動増幅材となっていた。

全身が揺れる。頭皮が揺れる。毛根が揺れる。

 

もう打つ手はなかった。

その時、毛根たちの声が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

「隊長!もうここは持ちません!」

隊員の声が響く。

彼らは前線にいる隊だ。ここが崩壊すれば、悲惨な結果が待っている。

「持ちこたえろ!ここが砦なんだ!」

それはそうだろう。なぜなら、この砦が崩れることはおでこの後退を意味する。

「しかし隊長。もう隊員全員、戦う気力は残っていません。」

「それでも持ちこたえるしかない。この戦いには、命がかかっているんだ!」

体の持ち主のおでこ後退がかかっているのは確かだ。

彼ら毛根にドーピングしてまで、守りたいものがある。

 

「ぐあっ」

「隊長ー!」

おや、そうこうしているうちに隊長が倒れてしまったようだ。

「俺はもうだめだ…」

まあ根本が死滅しかければ、もうだめだろう。

「隊長!そんなこと言わないでください!」

隊長想いだ。

「聞け!…お前たちはよくやってくれた。撤退しろ。」

優しいな。体の持ち主には優しくないが。

「そんな!隊長を置いていけません!」

「もう俺はだ  ”ブチッ”

あっ、抜かれた。

「隊長!!」

(お前たち、達者でな)

「隊長~!!」

 

隊長は勇敢だった。

最後まで任務を遂行し続けた。

 

そうして、おでこの後退は進んだ。

しかし、こんな物語があったと思えば寛容になれるのではないだろうか。

 

ちなみに、この毛根たちの物語は他の人の頭皮上だ。

私におでこの後退はない。

ただ、髪が浮く感じがするだけだ。

 

裏切ったようで申し訳ない。

だが、私の毛根隊も懸命に任務を遂行している。

 

 

 

あと生えているうちは大切な戦力(毛量)、抜けたらゴミなんて思わないで欲しい。

 

まあ、私は速攻でゴミ箱に投げ入れるが。

愛せないものは愛せない。

それが、世の理だろう。

 

いつまでも、小学校の道徳で習ったことを妄信するわけにもいかないのだ。

人も物も無理なものは無理。

 

大切なのは、適度な距離感で付き合うことだろう。

「みんなで仲良しこよし」を、すでに妄信することは出来なくなった。

 

これが大人になっていくことなのか。

はたまた、純真さを失った結果なのか分からない。

 

確かにわかるのは、どんな道であれ前には進んでいるということだ。

 

毛根の死滅もまた、そういう道だったのだ。